'Riches I hold in light esteem'
Emily Brontë
Riches I hold in light esteem,
And Love I laugh to scorn;
And lust of Fame was but a dream
That vanished with the morn --
And if I pray, the only prayer
That moves my lips for me
Is -- 'Leave the heart that now I bear,
And give me liberty.'
Yes, as my swift days near their goal,
'Tis all that I implore --
Through life and death, a chainless soul,
With courage to endure!
「富は問題にならぬ」
エミリ・ブロンテ
富なんてものは問題にもならない、
恋だって、考えただけで吹き出したくなる。
なるほど、名誉欲か? そういえば、昔夢見たこともあったが、
日が射すと忽ち消える朝露みたいなものだった。
もし私が祈るとすれば、自然に
口をついて出る祈りはたった一つの祈りだ。
「今の私の心をこのままそっとしておいてくれ、
そして、ただ自由を私に与えてくれ」という祈りだ。
嘘ではない。――光陰矢の如しで、どうやら私の
終わりも近い。そこで私が求めるものは、ただ、
何ものにも囚われない一人の人間として、勇気をもって、
生に堪え、死に堪えてゆく、ということだけだ!
(『イギリス名詩選』平井正穂 編 岩波文庫)
エマを育てたストウナー夫人の教育者たる信念
上等だわ。私ね、前から思ってたのよ。教育ってのがどれほどのものなのか。
(『エマ』第2巻 森薫 KADOKAWA)
上の台詞は、貧窮の身の幼いエマを引き取る際に、ストウナー夫人が語った言葉です。長らくガヴァネス(家庭教師)を務めたストウナー夫人にとって、教育の力は充分信じるに足るものだったはずです。だからこそ、エマは住み込みのメイド以上の教養を夫人から教えられ、やがて持ち前の聡明さを輝かせることができたのでしょう。
しかし、エマと恋人のウィリアム(夫人の教え子)がクリスタル・パレスで幸福に満ちた時間を過ごしたのも束の間、ストウナー夫人がとうとう亡くなってしまいます。そしてウィリアムが知らされることになる、エマの悲惨な幼少期の体験。それは大英帝国の繁栄や上流階級の栄華の影で、もう一つの顔を持った、辛く悲しい貧しさの英国の歴史そのものであったわけです。20世紀末から21世紀初頭にかけて私が滞在した、人権問題の最先端を走る現代のイギリスでは、ついぞ窺い知ることのなかった階級社会の闇です。
『エマ』に見るブロンテ姉妹の面影
冒頭で引用したエミリ・ブロンテの一篇の詩ですが、一切の虚飾を否定した、胸のすくような威厳に満ちています。奇しくも、エマが次の人生の拠点として向かったのは、ブロンテ姉妹が住んでいたハワース(Haworth)でした。エミリの姉であるシャーロットの『ジェイン・エア』の場合、主人公はメイドではなくガヴァネスですが、最後に“身分の違い”という障壁を超えたハッピーエンドを迎えるあたり、『エマ』は案外、ブロンテ姉妹の存在に触発されたのかもしれません。
一度ならず絶望の淵をさまよったエマは、不幸であったとは決して思えません。むしろ彼女には、あのエミリ・ブロンテが刻んだ言葉――「耐える勇気(courage to endure)」が備わっていたからでありましょう。ヴィクトリア朝の同時代を生きた英国女性として貶められるがゆえに、なお一層引き立つ高貴さともいうべき、共通の深い精神性を感じます。その耐える勇気こそが人を美しくし、心を研磨し、人間としての魅力を放つのですから。