コトバの小径

cover image/自由学園明日館 Jiyugakuen Myonichikan

ヴィクトリア朝に生きた女達の、高貴なる「耐える勇気」

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19世紀の面影を残すロンドンの家並み

 

'Riches I hold in light esteem'

Emily Brontë

 

Riches I hold in light esteem,

And Love I laugh to scorn;

And lust of Fame was but a dream

That vanished with the morn --

 

And if I pray, the only prayer

That moves my lips for me

Is -- 'Leave the heart that now I bear,

And give me liberty.'

 

Yes, as my swift days near their goal,

'Tis all that I implore --

Through life and death, a chainless soul,

With courage to endure!

 

 

「富は問題にならぬ」

エミリ・ブロンテ

 

富なんてものは問題にもならない、

恋だって、考えただけで吹き出したくなる。

なるほど、名誉欲か? そういえば、昔夢見たこともあったが、

日が射すと忽ち消える朝露みたいなものだった。

 

もし私が祈るとすれば、自然に

口をついて出る祈りはたった一つの祈りだ。

「今の私の心をこのままそっとしておいてくれ、

そして、ただ自由を私に与えてくれ」という祈りだ。

 

嘘ではない。――光陰矢の如しで、どうやら私の

終わりも近い。そこで私が求めるものは、ただ、

何ものにも囚われない一人の人間として、勇気をもって、

生に堪え、死に堪えてゆく、ということだけだ!

 

(『イギリス名詩選』平井正穂編)

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●エマを育てたストウナー夫人の教育者たる信念 

 

「上等だわ。私ね、前から思ってたのよ。教育ってのがどれほどのものなのか」

『エマ』第2巻 p.165)

 

上の台詞は、貧窮の身の幼いエマを引き取る際に、ストウナー夫人が語った言葉です。長らくガヴァネス(家庭教師)を務めたストウナー夫人にとって、教育の力は充分信じるに足るものだったはずです。だからこそ、エマは住み込みのメイド以上の教養を夫人から教えられ、やがて持ち前の聡明さを輝かせることができたのでしょう。

 

しかし、エマと恋人のウィリアム(夫人の教え子)がクリスタル・パレスで幸福に満ちた時間を過ごしたのも束の間、ストウナー夫人がとうとう亡くなってしまいます。そしてウィリアムが知らされることになる、エマの悲惨な幼少期の体験。それは大英帝国の繁栄や上流階級の栄華の影で、もう一つの顔を持った、辛く悲しい貧しさの英国の歴史そのものであったわけです。20世紀末から21世紀初頭にかけてわたしが滞在した、人権問題の最先端を走る現代のイギリスでは、ついぞ窺い知ることのなかった階級社会の闇です。

 

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グリーン・パークの散歩道。エマとウィリアムのようなカップルも歩いたかもしれない

 

『エマ』に見るブロンテ姉妹の面影

 

冒頭で引用したエミリ・ブロンテの一篇の詩ですが、一切の虚飾を否定した、胸のすくような威厳に満ちています。奇しくも、エマが次の人生の拠点として向かったのは、ブロンテ姉妹が住んでいたハワース(Haworth)。主人公はメイドではなくガヴァネスですが、最後に“身分の違い”という障壁を超えたハッピーエンドを迎えるあたり、『エマ』は案外、『ジェイン・エア』に触発されたのかもしれません。

 

一度ならず絶望の淵をさまよったエマは、不幸であったとは決して思えません。むしろ彼女には、あのエミリ・ブロンテが刻んだ言葉――「耐える勇気(courage to endure)」が備わっているからでありましょう。ヴィクトリア朝の同時代を生きた英国女性として、貶められるがゆえに、なお一層引き立つ高貴さともいうべき、共通の深い精神性を感じます。その耐える勇気こそが、人を美しくし、心を研磨し、人間としての魅力を放つのですから。

 

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『エマ』にも登場する窓外の光景。英国の家々の屋根には、まだ煙突が残っている所が多い