もうひとつの飛騨古川を巡る映画 ~『君の名は。』と『あゝ野麦峠』の舞台~

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『君の名は。』にも登場した現在のJR高山線・飛騨古川駅前

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現在の飛騨市古川町上気多地区。『あゝ野麦峠』の時代を思わせる昔ながらの風景が残る

 

二月もなかばを過ぎると
信州のキカヤに向かう娘たちが
ぞくぞくと古川の町へ
集まって来ます
みんな髪は桃割れに
風呂敷包みをけさがけにして
「トッツァマ、カカマ達者でナ」
それはまるで楽しい遠足にでも
出掛けるように元気に出発して
行ったのでございます

*キカヤ=製糸工場

 

(『あゝ野麦峠 ある製糸工女哀史』山本茂実 角川文庫)

 

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古川町弐之町の本光寺に建つ『野麦峠』の文学碑

 

新海誠監督のアニメーション映画『君の名は。』が邦画興行収入の歴代2位に躍り出る大ヒットを記録し、映画の舞台を訪ねる「聖地巡礼」が2016年の流行語トップテン入りを果たしました。8月に公開されて4ヵ月経った今でも、「満席で見られなかった」という人が身近に続出するほど。2017年も引き続きロングランとなるようで、ファンとしてはうれしい限りです。

 

主人公の一人、三葉が住んでいる糸守町のモデルとなった地は、長野県の諏訪湖周辺や岐阜県飛騨市古川町などといわれています。「年末の休暇は飛騨に行く」と周りの人達に宣言すると、必ず「やっぱり聖地巡礼?」という冷やかしと羨望の入り交じった声を聞いたものですが、まだ『君の名は。』を見ていない父からは「野麦峠の女工さんが生まれた所だな」との返事があり、即座に思い至らなかった自分の不明を恥じました。

 

現在は、映画の一大聖地巡礼地となった陰に隠れて、「女工哀史」の史実がニュースで取り上げられることも、大々的に宣伝されることも皆無に等しいようですが、『君の名は。』にも、東日本大震災を彷彿とさせる被災地という重大な要素が出てきます。

 

アニメーション映画界に燦然と輝くまったく新しい文化を生み出し、「飛騨古川」の名を全国的に知らしめたのは、山本茂実のノンフィクション文学『あゝ野麦峠』以来の快挙といってよいのではないでしょうか。

 

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駅前にあるホテルの立て看板には劇画のパロディも

ミサでクリスマスの意味を考える

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クリスマスのイルミネーションに彩られたカトリック神田教会(東京都千代田区西神田)  

 

昨今、「Merry Christmas」の代わりに、「Happy holidays」という言葉がよく聞かれます。これはもちろん、キリスト教の信仰者ではない人にも配慮した、広範囲の挨拶の形。年末年始になると、宗教の違いを意識せずに使える便利なフレーズとして、クリスチャンではない私自身も用いるようになりました。

 

今年のクリスマス前夜、都内のある教会で行われた夜半ミサへ、初めて参列する機会を得ました。日本ではクリスチャンでなくとも、クリスマス前夜・当日のミサへ足を運ぶ人が多いようです。今ではデートのコースにも入っているとか。その賛否はここでは問いません。しかし皮肉を全く抜きにして、宗教の壁をいとも簡単に越える現代の日本がいかに平和な環境であるかを示す、一つの現象ともいえるのではないでしょうか。

 

クリスマスの意味とは何でしょうか。それは、「神が、あえて人間と出会うために、最も弱い姿で現れてくれた」ことを祝うことです。


(浦田慎二郎/サレジオ会司祭)

 

イエス・キリスト誕生の逸話

皇帝の命により全領土の住民が登録をしなければならず、そのためにヨセフとマリアはベツレヘムを訪れます。臨月のマリアはベツレヘムに滞在していた間に子を産むことになりますが、「布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったから」(ルカ2:7)、つまりまともに寝食ができない中、糞尿にまみれた不清潔な厩で、いつ馬が暴れるか分からない危険と隣り合わせになりながら、マリアは出産したのです。彼女の不安と心細さは、いかばかりだったでしょうか。

 

そして、その地方の羊飼い達の元へ天使が現れ、イエスの誕生を告げます。当時のユダヤ人社会において、羊飼いがどのような存在であったかは歴史学的な考証を俟たなければなりませんが、“権力から最も遠く貧しかった”という見方が一般的です。

 

ここで思い出すのは、インドでパリア(不可触民)という身分にあった人々が、ガンディーによってハリジャン(神の子)と呼ばれたことです。当時のユダヤ人社会とインドの複雑極まりないカースト制度とは、比較すべくもありませんが、社会から疎外され虐げられている構図としては、共通するものがあるように思います。イエスは「最も弱い姿」で現れたというわけです。

 

難民イエス

イエスもまた難民だったといえます。嬰児殺しを命じたヘロデ王の時代に、ヨセフとマリアはイエスを連れてエジプトへ逃れたというエピソードは、史実か否かという議論の前に、現代でも実際に似たようなことが繰り返されている現実に留意してもよいと思います。

 

私の友人は、チベットからヒマラヤ山脈の検問を越えてインドへ逃れ、さらにイギリスやアメリカへと亡命していきました。彼らは決して相手を声高に非難しません。しかし彼らの存在自体が、テレビの中の他人事ではなく、身近な出来事として非常に重い現実を訴えかけます。

 

人間であるとは、まさに責任を持つことだ。自分には関係がないように思われた悲惨をまえにして恥を知ることだ。


(『人間の土地』アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ 堀口大學 訳 新潮文庫)

 

自己中心的な慌ただしい日々から抜け出して、悲しみや苦しみの存在に思いを致すこと。 私にとって、それが今年のクリスマスの意味となりました。

純化されたコトバ ~引用の秘義~

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Green Park, London

 

このサイトは、数珠のように連なる、短く引用されたコトバから成っています。

 

引用の達人である批評家・若松英輔氏は、名エッセイ『悲しみの秘義』(ナナロク社)の中で、次のように定義されたコトバを紹介しています。

 

哲学者の井筒俊彦(1914~1993)は晩年、「言葉」とだけでなく「コトバ」と記すようになった。コトバと書くことによって彼は、文字の彼方に息づいている豊饒な意味のうごめきを浮かび上がらせようとした。

人生はしばしば、文字にできるような言葉では語らない。人生の問いと深く交わろうとするとき私たちは、文字を超えた、人生の言葉を読み解く、内なる詩人を呼び覚まさなくてはならない。

 

口から発せられた言葉、文字によって記された言葉だけがコトバなのではない。むしろ、沈黙のうちに意味を込められた言葉こそが、コトバとなって私達の心に響くというのです。

 

さらに、若松氏は引用する意義をこう説いています。

 

誰かの言葉であっても書き写すことによってそれらは、自らのコトバへと変じてゆくというのである。表現しようとする意図から離れ、純化されたまま引かれた言葉は、かえってその人の心にあるものを、はっきりと照らし出すことがある。

引用は、人生の裏打ちがあるとき、高貴なる沈黙の創造になる。

 

ここに集められたコトバが、少しでも皆さまの心の片隅に残りますように。

 

不定期更新ですが、小径を散策するように、このサイトへ訪れていただければ幸いです。